最初に買ったワープロは、ほんの数行しか表示できないような貧弱な液晶しか備えていなかったけど、それでも気に入った本の一部を打ち込んだりした。パソコン通信を始めるまでは、まとまったテキストはどこにもなかったから、自分で打ち込まなければならなかったのだ。
中古のMacintosh SEを手に入れて、パソコン通信を始めた。ハイパーカードをいじくって、スタックを自作した。もちろん、テキストを流し込んだ。
Flash 2.0 を買った。テキストを流し込んで、電子本をつくった。
クリック&プレイという簡易なゲーム作成ソフトを買った。いろいろとしかけのある電子本をつくろうと思ったが、これは完成しなかった。
ポップアップメーカーも買った。非力なマックで必至にレンダリングした。
クイックタイムのムービープレイヤーでも電子本をつくった。テキストをドラッグ&ドロップすると、自動的にテキストを表示するムービーを生成してくれたのだ。
PowerBookDuoはノート型マックでもお気に入りで、210、230、280、280c と乗り替えてきた。モノクロアクティブマトリクス液晶の250と280は、最高に美しい液晶を持ったマックだった。この頃の液晶は、さほど高精細ではなくて、くっきりとドットが見えるようなシロモノだったけど、黒いドットが落とす影さえも美しかった。PowerBookDuoはずいぶんと持ち歩いた。いろんなところでいろんなテキストを読んだ。HypeCard版のエキスパンドブック、その後のエキスパンドブック、非力なマシンでもサクサク動くように、いろいろと工夫を凝らした。
「新潮文庫の100冊CD−ROM」をいちばん読んだのは、そのころ会社で使っていたNEC98だった。
初代ザウルス(PI-3000)を買ったときに、『接続された女』という小説のテキストを流し込んだ。メモ画面でそれを読んだ。
“電脳パンツ”ことHP-200LXを買った。日本語化キットのフォントと Mifes というエディタの組み合わせは、それだけで十分に読みやすかった。Jupitor というソフトを使うと、縦組み表示ができるようになり、HP-LX は見事なまでに電子書籍端末として使えるようになるのだった。こいつのクッキリとしたモノクロ液晶と、ハンディなボディは、いまでも一番うつくしく、読みやすい環境だと思う。
Newton には TaTeGaKi というすばらしいビューワを作った人がいて、これはまったく T-Time for Newton と呼ぶしかないほどよくできていた。
Palm m105 を格安で手に入れた。まず最初にインストールしたのは Pook だった。
CLIE PEG-TH55を買った。やはり Pook をインストールした。
PHSにメールを投げる。テキストを表示させて遊んだ。
H”になって、画面が大きくなった。やはりテキストを投げ込んだ。
京ぽんを買った。いろんなサイトに直接アクセスして、いろんなテキストを読んだ。
テキストが表示されるなら、なんでもよかった。ひたすらテキストを表示させてきた。そして読んだ。